決めた!ウエディングプランナーになる①

和奏婚の代表の岩泉ピアンです。今回は私がブライダルの世界に入った時のお話しをしたいと思います。

私がウエディングの世界に飛び込んだのは10年前。初めて結婚式に参加したのが大切な友人の式で、さらにそのお手伝いをした事がキッカケでした。

その時は、友人の幸せをお祝いする気持ちをどう伝えようかと思って自分の得意なことを手伝ったのですが、思った以上に喜んでくれて、当日も本当に幸せそうな顔をみたらこっちまで嬉しくなりました。

もともと人に喜んでもらえることが好きだったことと、ウエディングプランナーという仕事があることを知ってからは、すっかり結婚式の仕事に魅了されてしまい、仕事中もずっと頭から離れず考える日々が・・・

そしてある日、とうとう、僕は決意したんです。

「ウエディングプランナーになる!」

ウエディングプランナーの仕事を知るために、まずは夏休みを使って学校へ行くことにしました。そこで私が選んだのは、オフィースマリアージュのプライベートスクールです。

沢山あるスクールの中からオフィースマリアージュを選んだのは、単純に安部トシ子先生に会いたいと思ったのと、本能的にここならブライダルの本質を知れると思えたからです。

やはり、私の勘は当たりました!知識はもちろんのこと、挙式の大切さやおふたりにかける想いまで深く学ぶことができ、スクールを終える時には、益々プランナーになりたい気持ちが強まっていたのです。

そして、スクールを卒業した2ヶ月後に会社を辞め、ブライダル業への転職活動をはじめました。ウエディングプランナーは圧倒的に女性に人気の仕事なので、多くの女性が負けまいと高度な知識を身につけて、就職を目指しています。

でも、誰かのために自分が役に立てる。そんな、やりがいのある仕事に出会えたのだから諦める訳にはいきません。誰よりも熱い心を持っている、絶対プランナーになる、そう自分を信じて転職活動をしました。その結果、自分が結婚式をするなら絶対ここ!という第一希望のアニヴェルセルに入社を果たし、ウエディングの世界に足を踏み入れたのです。

ウキウキ、ワクワクしながらも、先輩プランナーの元、研修がスタートしました。ウエディングプランナーにはお花や衣装、料理、ワイン等、ウエディング以外にも様々な知識が必要で、数ヶ月にもおよぶ研修の中、必死に勉強をしました。

当時は男性のプランナーも非常に少なく、配属された店舗でも私が初めての男性プランナーでした。男性というだけでお客様に驚かれることも、断られることもしばしば。

でも悔しい想いをバネに、さらに一段階上の豊富な知識や、信頼していただける人間力を勉強し必死に頑張りつづけたのです。他の誰にもできない、誰よりもお二人のことを思ったプランナーになる、その努力が次第にお客様に伝わり、いつしかお客様にご指名をいただくほどになりました。

そして、初めて自分が担当するお客様の結婚式を迎えた時は、とびきりの笑顔で輝いているお二人の姿に本当に感動しました。約6ヶ月、新郎新婦が仕事をしながらも頑張って準備をしてきた姿をずっと側で見てきて、家族や友人に囲まれてとても幸せそうな姿や、「素敵な結婚式だね」とお祝いしてもらって嬉しそうな姿を見て私までその幸せを分けていただいたみたいで、胸がいっぱいになりました。お手伝いができて本当によかったと心から思いました。

結婚式を成功させるためには、プランナーと新郎新婦3人のチームワークがとても大切だと私は思っています。おふたりのこと、家族のこと、お金のこと、将来のこと、プライベートな部分をも話せるような信頼関係が必要です。

私はいつもおふたりの人生を一旦預かって、結婚式のサポートをするのがプランナーの役割だと考えています。だれと一緒に結婚式を迎えるかはとても大切なことです。